カルロ・アンチェロッティ(Carlo ANCELOTTI)
フルネーム カルロ・アンチェロッティ
国籍 イタリア アンチェロッティ
出身地 レッジョ・エミリア
生年月日 1959・6・10
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
経歴 1995〜96 レッジャーナ
1996〜98 パルマ
1998〜01 ユヴェントス
2001〜09 ミラン
2009〜11 チェルシー(イングランド)
2011〜   パリ・サンジェルマン(フランス)
獲得タイトル 02/03コッパ・イタリア
02/03,06/07UEFAチャンピオンズ・リーグ
03/04セリエA
09/10プレミアリーグ
09/10FAカップ
現役時代はボランチを担当。ミラン、ローマ、パルマといった名門クラブでプレーしました。特にローマではキャプテンとして82/83シーズンにスクデット、翌年に国内カップを獲得します。ミランではコスタクルタ、マルディーニの守備陣と、ドナドーニ、ライカールト、ファン・バステンの攻撃陣をつなぐ黄金時代の一員としてチャンピオンズ杯を連覇しました。
イタリア代表でも86年と90年のW杯、88年の欧州選手権など通算26試合に出場しました。国際大会ではタイトル獲得はなりませんでした。

戦術面では自身が現役時代だったときのサッキ監督の影響を受けています。現役引退後、ミランやイタリア代表で、サッキの側近として指導方法の勉強をしていました。
キャリアをスタートさせた当初は4−4−2でしたが、02/03シーズン以降はトップ下を配置した4−3−1−2、あるいはクリスマスツリーと呼ばれる4−3ー2−1を使用しています。

1992年に33歳で現役を引退。95/96シーズン、当時2部だったレッジャーナの監督に就任しキャリアが始まります。4位の成績を残し、即座にチームをセリエAに昇格させます。
翌シーズンは古巣パルマへ。クレスポ、キエーザ、テュラムといった攻守の要となる選手の獲得に成功すると、すぐに良い結果が出ます。クレスポとキエーザが即席にもかかわらず二人で60ゴール近くをたたき出せば、テュラムも既存のブッフォン、カンナヴァーロと、世界屈指のディフェンスユニットを結成して、シーズンでわずか26失点に抑えました。首位のユヴェントスとはわずか勝ち点2で優勝を逃しましたが、大躍進を遂げました。
パルマをリーグ屈指の存在に仕立て上げたあと、98/99シーズン途中からユヴェントスへ。大抜擢を受け周囲のプレッシャーもきついものでした。それを跳ね返すようにサッキの戦術と自分なりの戦術を駆使しますが深刻な得点力不足で5位になりました。翌シーズンは粘り強い守備と確実にチャンスを物にする堅実なサッカーを展開し最終節まで首位でしたが、ペルージャに敗れ土壇場で優勝をラツィオにさらわれてしまいました。00/01シーズンはローマを追いかける展開になり、直接対決で引き分け再び苦杯をなめる結果となりました。
常勝を義務付けられたクラブにあってトリノを追われましたが、01/02シーズン途中にミランに復帰すると、チームを4位に導いてチャンピオンズ・リーグ出場権を確保しました。また、UEFA杯でもベスト4に進出しています。
02/03シーズン、セリエAに新風を吹き込みます。伝統の守備的なスタイルからポジェッションサッカー(ショートパスを多用し、自分たちがボールを持つ)に方向転換したのです。それを可能にするような守備面の補強にも成功。ヂーダをレンタルから復帰させ、ラツィオから移籍期限最終日にCBネスタを獲得し、老朽化が進んでいた守備の安定を図りました。また、攻撃面でもリヴァウド、トマソン、セードルフと、質の高い選手を一挙に獲得しました。一番のサプライズは、それまでトップ下だったピルロをレジスタ(ボランチの位置からゲームメイクをする役割)にコンバートしたことでした。チャンピオンズ・リーグは決勝までコマを進め、史上初のイタリア勢同士の対決となったユヴェントス戦では、シェフチェンコのゴールがオフサイドになる不運な判定もありPK戦にもつれましたが、もともとPKを得意としていた守護神ヂーダがファインセーブを連発し、見事チームは6度目の欧州制覇を成し遂げました。
これにより、M・ムニョス、トラパットーニ、クライフ、ライカールト、グアルディオラと共に、選手と監督双方でビッグイヤーを獲得したことになったのです。
03/04シーズンはカカが驚くべき適応能力を見せ、ルイ・コスタからトップ下のポジションを奪取してシーズン10ゴールを挙げます。また、カフー、パンカロといった実績十分のベテランも確保し厚みが増したチームは82まで勝ち点を伸ばし、ザッケローニ政権以来5シーズンぶりのリーグ優勝を達成。勝ち点3のシステムになってからの最多記録となる快挙でした。
04/05シーズンは再びチャンピオンズ・リーグ決勝に進出し、リヴァプール相手に前半に3点リードしていましたが、後半に瞬く間に同点にされPK戦の末敗れました。
06/07シーズン、得点源のシェフチェンコが去り、代役として期待されたR・オリヴェイラが機能せず、2年目のジラルディーノも精彩を欠いて得点力不足に陥りました。しかし冬にロナウドが加入し結果を出したことでチームも上向き、4位に食い込みます。チャンピオンズ・リーグでは大黒柱のカカがゴールを量産して得点王になる活躍を見せ、決勝では再びリヴァプールと対戦。スーパーサブのインザーギが2ゴールを挙げ、4シーズンぶりに欧州制覇を達成しました。
08/09シーズンを最後にミランを離れチェルシーに就任し、キャリア初の海外挑戦となります。補強こそ思うように進みませんでしたが、ドログバが29ゴールで得点王になり、ランパードも22ゴールと破壊力を見せつけて国内2冠を達成します。2年目はR・カルヴァーリョ、デコ、バラックが去り、ベナユンとJ・コールをリヴァプールとの間で交換し、後はラミレスを獲っただけと再び現有戦力の底上げを図りましたが思うように成績は伸びませんでした。冬にはF・トーレスとD・ルイスと攻守に補強を施すもののマンチェスター・Uに9ポイントの差をつけられ、さらにマンチェスター・Cに並ばれたことを問題視され、2位の成績を残しながら解任されました。
2011年12月、ミラン時代の同僚レオナルドからの要請に応じてPSGに就任しています。
2006年5月25日:新規アップ 2012年1月2日更新

96/97パルマ(国内リーグ2位)
クレスポ キエーザ
ストラーダ クリッパ
センシーニ D・バッジョ
ペナリーヴォ ゼ・マリア
カンナヴァーロ テュラム
  ブッフォン  
00/01ユヴェントス(2年連続で優勝を逃し解任)
デル・ピエロインザーギ
 ジダン 
ダーヴィッツザンブロッタ
 タッキナルディ 
ペッソットテュラム
モンテーロユリアーノ
 V・デルサール 

02/03ミラン(国内カップ・CL優勝)
シェフチェンコインザーギ
 ルイ・コスタ 
セードルフガットゥーゾ
 ピルロ 
カラーゼシミッチ
マルディーニネスタ
 ヂーダ 

03/04ミラン(リーグ優勝)
シェフチェンコカカ
 ルイ・コスタ 
セードルフガットゥーゾ
 ピルロ 
パンカロカフー
マルディーニネスタ
 ヂーダ 

06/07ミラン(CL優勝)
 インザーギ 
セードルフカカ
アンブロジーニガットゥーゾ
ピルロ
マルディーニオッド
カラーゼネスタ
ヂーダ

09/10チェルシー(国内2冠)
 ドログバ 
マルダアネルカ
ランパードバラック
ミケル
As・コールイヴァノヴィッチ
テリーR・カルヴァーリョ
チェフ