| ダビド・シルバ(David SILVA) | |||||||||||||||||||||||||||||
| フルネーム | ダビド・ヒメネス・シルバ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 国籍 | スペイン | ![]() |
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| 出身地 | アルギネグイン | ||||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1986・1・8 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 170cm | ||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 67kg | ||||||||||||||||||||||||||||
| 利き足 | 左 | ||||||||||||||||||||||||||||
| ポジション | FW(LWG) | ||||||||||||||||||||||||||||
| FK PK | FK | ||||||||||||||||||||||||||||
| キャプテン経験 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 代表デビュー | 2006・11・15 ルーマニア戦 |
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| 代表背番号 | 21 | ||||||||||||||||||||||||||||
| W杯メンバー | 10年 | ||||||||||||||||||||||||||||
| ニックネーム | |||||||||||||||||||||||||||||
| 個人タイトル | |||||||||||||||||||||||||||||
| チームタイトル | 03FIFAU−17世界選手権 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 04UEFAU−19欧州選手権 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 07/08コパ・デル・レイ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 08UEFA欧州選手権 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 10FIFAワールドカップ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 10/11FAカップ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 所属クラブおよび背番号 | 出場 | 得点 | |||||||||||||||||||||||||||
| 03/04 バレンシアB(2部) | 14 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 04/05 エイバル(2部) | 35 | 5 | |||||||||||||||||||||||||||
| 05/06 セルタ 16 | 34 | 3 | |||||||||||||||||||||||||||
| 06/07 バレンシア 21 | 36 | 5 | |||||||||||||||||||||||||||
| 07/08 バレンシア 21 | 34 | 4 | |||||||||||||||||||||||||||
| 08/09 バレンシア 21 | 19 | 4 | |||||||||||||||||||||||||||
| 09/10 バレンシア 21 | 30 | 8 | |||||||||||||||||||||||||||
| 10/11 マンチェスター・シティ(イングランド) 21 | 35 | 4 | |||||||||||||||||||||||||||
| 11/12 マンチェスター・シティ(イングランド) 21 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 小柄ですが、スピーディーなドリブルで相手を切り崩してスルーパスを繰り出し、自らフィニッシュにも絡んでいきます。中央サイド問わず攻撃的なポジションをこなす戦術的な柔軟性や守備面での貢献も大きい現代的なアタッカーです。 カナリア諸島のアルギネグインに生まれます。15歳で家族とバレンシア州へ移住し、自身は下部組織へ入団します。その際、父フェルナンドはカナリア諸島での政治家の地位を捨て、バレンシアのクラブの警備に関する仕事に就きました。 Bチームでのプレー後エイバルへレンタルされ35試合5ゴールと活躍し、セルタに移ります。2005年8月28日開幕節のマラガ戦でリーガデビューし、ホームのエスパニョール戦で初ゴール。攻撃サッカーを標榜するバスケス監督のもと、F・バイアーノやJ・ゲレーロ、カノッピオら経験豊富な攻撃陣と共にチームをけん引し、昇格組ながらUEFA杯出場権を獲得しました。 他チームで実績を作ってバレンシアに戻り、トップチームのメンバーになります。チャンピオンズ・リーグ予備予選3回戦ザルツブルク戦2ndレグでゴールを決めグループリーグに貢献すると、本戦でもインテルやチェルシー相手にゴールを奪う素晴らしい活躍を見せました。 2007年6月には7年の長期契約を結び、MFホアキンやFWビジャと共にクラブで重要な選手の一人として位置付けられます。07/08シーズンはチームが低迷する中リーグ戦で好成績を挙げ1部残留に貢献、また国内カップを制し初タイトルを獲得しました。 08/09シーズンは左足首を手術したため19試合の出場でしたが、通算4ゴールのうちマドリードの2クラブから3ゴールを挙げてチームの勝利に貢献。翌09/10シーズンは自己最多の8ゴールを挙げ、クラブ4年ぶりのチャンピオンズ・リーグ出場権を置き土産に退団しました。 2010年8月14日トッテナムとの開幕戦でプレミアデビューし、敗れはしますがマンチェスター・ダービーでゴールを決めるなど、チャンピオンズ・リーグ出場権を獲得します。また、FA杯でも1ゴール4アシストでクラブ42シーズンぶりの優勝に貢献しました。 2002年のU−17欧州選手権では準決勝に進出。2004年にはU−19で優勝します。また、2003年U−17世界選手権では3試合戦い、韓国戦でハットトリックを決めるなど準優勝に貢献。2年後のWユースでは5試合で4ゴールを挙げましたが、ベスト8に終わりました。 フル代表デビューは2006年11月15日ルーマニア戦。アラゴネス監督の信頼は厚く、伸び悩むレジェスやケガの多いビセンテを差し置いて瞬く間にレギュラーに定着しました。 2007年8月の親善試合ギリシャ戦で2ゴールを挙げると、2008年欧州選手権予選には7試合先発出場。出場した試合は6勝1分けと無敗を誇りました。また、予選最後の北アイルランド戦はラス・パルマスで行われ、代表のユニフォームを身にまとって故郷に錦を飾りました。本大会では5試合プレー。準決勝ロシア戦でゴールを奪い、44年ぶりの優勝に貢献しました。 2009年コンフェデ杯では3試合でノーゴールでしたが、2010年W杯予選では5試合プレーし、ホームのベルギー戦では僚友ビジャと共に2ゴールを挙げました。本大会では不本意な出来でしたが、母国初のタイトルを獲得しています。 代表記録 2008年2月25日:新規アップ 2011年10月8日更新 |
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