| 榎本 達也(Tatsuya ENOMOTO) | |||||||||||||||||||||||||||||
| フルネーム | 榎本 達也(エノモト タツヤ) | ||||||||||||||||||||||||||||
| 国籍 | 日本 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 出身地 | 東京都 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1979・3・16 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 190cm | ||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 75kg | ||||||||||||||||||||||||||||
| 利き足 | 右 | ||||||||||||||||||||||||||||
| ポジション | GK | ||||||||||||||||||||||||||||
| FK PK | |||||||||||||||||||||||||||||
| キャプテン経験 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 代表デビュー | |||||||||||||||||||||||||||||
| 代表背番号 | |||||||||||||||||||||||||||||
| W杯メンバー | |||||||||||||||||||||||||||||
| ニックネーム | エノ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 個人タイトル | 01ナビスコカップ決勝MVP | ||||||||||||||||||||||||||||
| チームタイトル | 00,03,04ファーストステージ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 03セカンドステージ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 01ナビスコカップ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 03,04Jリーグ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 所属クラブおよび背番号 | 出場 | 得点 | |||||||||||||||||||||||||||
| 97 横浜マリノス 32 | 0 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 98 横浜マリノス 16 | 0 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 99 横浜Fマリノス 16 | 0 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 00 横浜Fマリノス 16 | 3 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 01 横浜Fマリノス 16 | 5 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 02 横浜Fマリノス 1 | 30 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 03 横浜Fマリノス 1 | 15 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 04 横浜Fマリノス 1 | 30 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 05 横浜Fマリノス 1 | 11 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 06 横浜Fマリノス 1 | 18 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 07 ヴィッセル神戸 1 | 31 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 08 ヴィッセル神戸 1 | 25 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 09 ヴィッセル神戸 1 | 34 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 10 ヴィッセル神戸 1 | 17 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 11 徳島ヴォルティス(J2) 23 | 4 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 12 徳島ヴォルティス(J2) 1 | 10 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 13 栃木SC(J2) 37 | 36 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 14 栃木SC(J2) 37 | 10 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 15 FC東京 13 | 4 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 16 FC東京 13 | 0 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 至近距離のシュートに反応やハイボールへの処理など高いセービング技術を持っています。また、パントキックの弾道が鋭いので、速攻を仕掛けるときはチームの有効な武器になり、PK時の集中力も持ち味です。ポジションの割にケガが多いのがたまにキズです。 小学1年の時に蕨市北町少年団でサッカーを始めます。GKになったのは3年の時でした。その後地元の蕨ニ中に進学。2年の時にレギュラーを獲得しました。 高校は浦和学院に進み、徐々に存在が注目され始めます。県大会準決勝の大宮東戦でPK戦で敗れ、残念ながら高校選手権には出場できなかったものの、3年時に埼玉県選抜として国体に出場し、高さと技術を備えたGKとして注目を集めました。 1997年に中村俊らとともに横浜Mに入団。当時の正GK川口の存在もあり出場機会を得ることができませんでしたが、2000年8月5日、2ndステージ8節の鹿島戦で彼が負傷したことにより出場機会が巡りました。この年はリーグ戦3試合に出場しました。 しかし冬に骨折し、リハビリに時間を費やします。2001年にはキャリアが豊富で代表経験もある下川が入団。立場は微妙なものになり、福岡への移籍も一時あがった時もありました。 2001年10月に川口の海外移籍が決まり、彼が去った後の出場がナビスコ杯決勝磐田戦でした。試合はPK戦にもつれこみ、相手のPKを3本止めて優勝に大きく貢献。最優秀選手にも選ばれました。02シーズンは正GKとしてリーグ戦フル出場を果たします。JリーグGK防御率は磐田のヴァン・ズワムを抜いて1位と、安定性が著しく向上しました。 03シーズンは前半をケガで棒に振りましたが、ナビスコ杯の仙台戦で完封勝利し復活をアピール。その後も試合に出場し年間優勝に貢献しました。04シーズンはケガをすることなく、リーグ戦30試合にフル出場。浦和との最後のチャンピオンシップでもPKを2本防ぎ、年間優勝2連覇を達成しました。05シーズンはケガに榎本哲の台頭も重なり14試合に終わりました。 翌07シーズンより昇格した神戸へ移籍します。3年目は全試合フル出場を果たし、通算200試合出場も達成するなど充実したシーズンを過ごしました。 しかし10シーズンは途中就任した和田監督が若手を重用したため出場機会が減少、J2徳島へ移籍します。しかし開幕直前に負傷してシーズンの大半を棒に振りました。2年目もポジションをつかめず、神戸時代に指導を受けた松田監督率いる栃木へ移籍します。そして36試合ゴールを守って9位と、クラブが09シーズンにJ2に参戦して以来最高の順位となります。しかし2年目は鈴木智のバックアッパーとなり10試合にとどまりました。 15シーズンにFC東京へ移りますが、出番を得られず引退しました。 J1:223試合 J2:60試合 J3:7試合 2006年5月16日:新規アップ 2017年12月5日更新 |
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