| 古賀 正紘(Masahiro KOGA) | |||||||||||||||||||||||||||||
| フルネーム | 古賀 正紘(コガ マサヒロ) | ||||||||||||||||||||||||||||
| 国籍 | 日本 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 出身地 | 福岡県大川市 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1978・9・8 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 185cm | ||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 79kg | ||||||||||||||||||||||||||||
| 利き足 | 右 | ||||||||||||||||||||||||||||
| ポジション | DF(CB) | ||||||||||||||||||||||||||||
| FK PK | |||||||||||||||||||||||||||||
| キャプテン経験 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 代表デビュー | |||||||||||||||||||||||||||||
| 代表背番号 | |||||||||||||||||||||||||||||
| W杯メンバー | |||||||||||||||||||||||||||||
| ニックネーム | |||||||||||||||||||||||||||||
| 個人タイトル | |||||||||||||||||||||||||||||
| チームタイトル | 99/00天皇杯 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 10ナビスコカップ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 所属クラブおよび背番号 | 出場 | 得点 | |||||||||||||||||||||||||||
| 97 名古屋グランパス 14 | 8 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 98 名古屋グランパス 14 | 21 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 99 名古屋グランパス 14 | 26 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 00 名古屋グランパス 14 | 25 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 01 名古屋グランパス 5 | 18 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 02 名古屋グランパス 5 | 28 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 03 名古屋グランパス 5 | 28 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 04 名古屋グランパス 5 | 24 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 05 名古屋グランパス 5 | 27 | 5 | |||||||||||||||||||||||||||
| 06 名古屋グランパス 5 | 26 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 07 柏レイソル 5 | 29 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 08 柏レイソル 5 | 29 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 09 柏レイソル 5 | 20 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 10 柏レイソル(J2) 5 | 0 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 10 ジュビロ磐田 50 | 12 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 11 ジュビロ磐田 50 | 7 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 12 アビスパ福岡(J2) 5 | 33 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 13 アビスパ福岡(J2) 5 | 22 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 14 アビスパ福岡(J2) 5 | 13 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 15 アビスパ福岡(J2) 5 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 恵まれたフィジカルを擁し1対1の強さを誇るストッパーですが、インターセプトやカバーリングといった判断力の良さにも定評があります。 もともとFWだったため得点センスにも秀でており、セットプレーでは得点源となります。 サッカーの盛んな大川市に生まれ、小学3年時から本格的に取り組むと、ジュニアユースの候補にも選ばれます。当時はストライカーとしてプレーしていました。 大川中では3年時に九州選抜に選ばれ、U−16代表にも召集されるなど注目を集めます。卒業時にはFW小島宏や志波監督の誘いにより、東福岡高への進学を選びました。強豪チームであり、小島のほかに山下芳輝が在籍していたため出場機会は皆無に等しく、U−16代表の合宿時に監督からSBへ転向、2年時にはU−17への参加時にCBへコンバートされます。 これがきっかけでDFとしての才能が開花したのです。高校選手権は1年時こそ出番がなかったものの、コンバート後の2年時にはDFとしてベスト4進出に貢献しました。 卒業時、16ものクラブからオファーを受けて名古屋に入団、1997年4月12日C大阪戦との開幕戦でJリーグデビューを果たします。当初はプロの水に慣れるまで時間がかかり、トーレスと大岩というリーグ屈指のCBコンビの存在などでベンチを温める時間が多かったものの、02シーズン頃から先発メンバーに定着するようになりました。 07シーズンに10年過ごした名古屋を離れて柏に移籍。若手が多いチームに経験を持ち込み不可欠な存在となります。しかし4年目の途中に磐田へレンタル移籍し、12年ぶりにナビスコ杯を制して完全移籍となります。しかし定位置確保に至らず、故郷福岡に移籍しています。 U−16を皮切りに各年代の代表に選出されます。1995年のU−17世界選手権では3試合プレーし、小野や稲本、高原など下の世代からも刺激を受けました。 1996年アジアユースでは翌1997年Wユース出場権獲得に貢献したものの、本大会では出場機会がありませんでした。その後アジア大会では3試合に出場するものの、2000年シドニー五輪のメンバーには選ばれませんでした。 代表記録 余談 ・福岡や神戸などでプレーするMF古賀誠史は実弟です。 2009年9月20日:新規アップ 2014年12月14日更新 |
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