| 明神 智和(Tomokazu MYOZIN) | |||||||||||||||||||||||||||||
| フルネーム | 明神 智和(ミョウジン トモカズ) | ||||||||||||||||||||||||||||
| 国籍 | 日本 | ![]() |
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| 出身地 | 兵庫県神戸市 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1978・1・24 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 173cm | ||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 70kg | ||||||||||||||||||||||||||||
| 利き足 | 右 | ||||||||||||||||||||||||||||
| ポジション | MF(DMF) | ||||||||||||||||||||||||||||
| FK PK | |||||||||||||||||||||||||||||
| キャプテン経験 | クラブ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 代表デビュー | 2000・2・13 シンガポール戦 |
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| 代表背番号 | 20 | ||||||||||||||||||||||||||||
| W杯メンバー | 02年 | ||||||||||||||||||||||||||||
| ニックネーム | 大明神 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 個人タイトル | 00Jリーグベストイレブン | ||||||||||||||||||||||||||||
| チームタイトル | 99,07,14ナビスコカップ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 00AFCアジアカップ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 08AFCチャンピオンズ・リーグ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 09,10,14,15天皇杯 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 14Jリーグ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 所属クラブおよび背番号 | 出場 | 得点 | |||||||||||||||||||||||||||
| 96 柏レイソル | 11 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 97 柏レイソル 17 | 13 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 98 柏レイソル 17 | 28 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 99 柏レイソル 17 | 30 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 00 柏レイソル 7 | 29 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 01 柏レイソル 7 | 29 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 02 柏レイソル 7 | 27 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 03 柏レイソル 7 | 29 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 04 柏レイソル 7 | 28 | 5 | |||||||||||||||||||||||||||
| 05 柏レイソル 7 | 28 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 06 ガンバ大阪 17 | 25 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 07 ガンバ大阪 17 | 33 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 08 ガンバ大阪 17 | 32 | 3 | |||||||||||||||||||||||||||
| 09 ガンバ大阪 17 | 31 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 10 ガンバ大阪 17 | 29 | 4 | |||||||||||||||||||||||||||
| 11 ガンバ大阪 17 | 27 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 12 ガンバ大阪 17 | 31 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 13 ガンバ大阪(J2) 17 | 20 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 14 ガンバ大阪 17 | 12 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 15 ガンバ大阪 17 | 10 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 16 名古屋グランパス 17 | 15 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 17 長野パルセイロ(J3) 17 | 16 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 18 長野パルセイロ(J3) 17 | 14 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 19 長野パルセイロ(J3) 17 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 豊富な運動量、的確な危機察知能力、攻守のバランスを考えたポジショニングに加え、ケガやカードの数が少なく、監督からすれば計算の立つ選手といえます。 元来野球好きでしたが、地元の野球チームの入団資格が小学3年以上だったことから、兄が所属していたサッカークラブに入ったことがきっかけで小学2年でサッカーを始めます。そして非凡な才能を発揮し、選抜チームに抜擢されるほどの実力を見せました。 しかし父親の仕事の関係で、5年の時に千葉県へ引っ越します。小学校にサッカーチームがなかったため、イーグルスというクラブチームで中学卒業まで過ごしました。 高校入学と同時に柏ユースへ入団します。当初はリベロでプレーしていましたが、守備的MFにコンバートされます。1996年にトップチームへ昇格して3月16日アウェーの浦和戦でJリーグにデビュー、2年目のホームでの鹿島戦で初ゴールを挙げました。 3年目以降は主力として毎シーズン安定したプレーを披露。生え抜きでクラブを象徴する選手になりました。サポーターからの信頼も厚く、「大明神」という愛称で親しまれました。 2006年にJ2に降格し、かつて師事した西野監督が率いるG大阪へ移籍。橋本や遠藤と共に攻守のバランスをとって国内屈指の攻撃陣を背後から支え、2008年のクラブW杯に3試合出場して3位になります。09シーズンに主将に就任し、翌10シーズンには第2節大阪ダービーでゴールを決めました。12シーズンはアウェーの鳥栖戦でJ1通算450試合出場を果たすも降格し、キャリア初のJ2に挑みます。自身は20試合でしたが、1年でJ1に復帰します。その後今野のボランチ起用もあり出場機会が減りましたが、J史上2度目の3冠になりました。 16シーズンに名古屋へ移籍しますがフル稼働には至らず、J2降格となりました。その後はJ3長野へ移籍しています。 1997年Wユースは5試合に出て8強、シドニー五輪は4試合に出場。2001年コンフェデ杯も3試合と、ユースとフル代表を兼任するトルシエ監督に重用されます。 フル代表は2000年2月13日のシンガポール戦で初出場。同年のアジア杯は全6試合のうち5試合で先発フル出場し、イラン戦で代表初ゴールを挙げました。続く中国戦でもゴールを挙げて日本2度目ののアジア制覇に大きく貢献しました。 波戸や戸田らライバルの存在を刺激にレギュラーに定着、2002年に行われた地元開催のW杯では右サイドと守備的MFとして3試合出場し、16強入りに貢献しました。 代表記録 2006年7月30日:新規アップ 2018年12月27日更新 |
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