| 中村 忠(Tadashi NAKAMURA) | |||||||||||||||||||||||||||||
| フルネーム | 中村 忠(ナカムラ タダシ) | ||||||||||||||||||||||||||||
| 国籍 | 日本 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 出身地 | 東京都西多摩郡 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1971・6・10 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 175cm | ||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 70kg | ||||||||||||||||||||||||||||
| 利き足 | 右 | ||||||||||||||||||||||||||||
| ポジション | DF(RSB) | ||||||||||||||||||||||||||||
| FK PK | |||||||||||||||||||||||||||||
| キャプテン経験 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 代表デビュー | 1995・2・15 オーストラリア戦 |
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| 代表背番号 | 12 17 19 23 | ||||||||||||||||||||||||||||
| W杯メンバー | |||||||||||||||||||||||||||||
| ニックネーム | ミニラ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 個人タイトル | |||||||||||||||||||||||||||||
| チームタイトル | 90/91,91/92日本サッカーリーグ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 91JSLカップ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 92,93,94ナビスコカップ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 93,94,95セカンドステージ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 93,94Jリーグ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 96,02天皇杯 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 所属クラブおよび背番号 | 出場 | 得点 | |||||||||||||||||||||||||||
| 90/91 読売クラブ(JSL1部) | 0 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 91/92 読売クラブ(JSL1部) | 1 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 92 ヴェルディ川崎 | 0 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 93 ヴェルディ川崎 | 34 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 94 ヴェルディ川崎 | 21 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 95 ヴェルディ川崎 | 42 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 96 ヴェルディ川崎 | 27 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 97 ヴェルディ川崎 6 | 15 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 98 ヴェルディ川崎 6 | 31 | 1 | |||||||||||||||||||||||||||
| 99 ヴェルディ川崎 6 | 6 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 99 浦和レッズ 33 | 15 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 00 京都サンガ 3 | 25 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 01 京都サンガ(J2) 3 | 26 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 02 京都サンガ 3 | 24 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 03 京都サンガ 3 | 17 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 04 京都サンガ(J2) 3 | 4 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 本来はSBですが、明晰な頭脳による状況判断や粘り強いマンマークなど、CBやボランチとしても質の高いパフォーマンスを保証するユーティリティープレーヤーです。 瑞穂第三小でサッカーを始め、東京都サッカー連盟が主催するさわやか杯という大会で準優勝になります。瑞穂中に進んで読売クラブ(後のV川崎、現東京V)のジュニアユースに入団。ユースに昇格した立川高時代を経て、成蹊大文学部英文科を卒業しました。 1990年にトップに昇格し、翌年9月21日の日産(後の横浜M、現横浜FM)戦で日本リーグにデビューします。やがてクラブが黄金期を迎え、日本リーグが終わりを告げてプロ化が進みます。自身も1992年にプロ契約を結び、ナビスコ杯を制しました。天皇杯決勝でもカズのクロスをヘッドで合わせてチーム唯一のゴールを挙げましたが、横浜Mに敗れました。 ベテラン都並から位置を奪うと、1993年5月15日のJリーグ開幕の横浜M戦に出場してプロデビュー、8月19日名古屋戦で初ゴールを記録。カズ、ラモス、武田、ビスマルクら前がかりなチームにおいて、派手さはないものの攻守のバランスをとる役割を確実にこなしてナビスコ杯とリーグ連覇に貢献。さらに96シーズンには天皇杯を制しました。 99シーズン途中に浦和に移籍しますが、J2に降格したため京都に移籍します。ここでも降格しますがチームに残りJ1に復帰します。選手層が薄いチームでボランチや複数のポジションで監督から重用され、02シーズンに自身2度目の天皇杯を獲得しました。 04シーズンにケガに見舞われ現役を引退しました。その後は古巣東京VやFC東京などで若手の育成に携わっています。 J1:257試合4得点 J2:30試合2得点 15歳から代表に呼ばれ、U−16世界選手権と1988年Wユースの予選に出場。フル代表デビューは1995年2月15日オーストラリア戦となりました。 代表記録 17試合 2018年10月29日:新規アップ |
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