| 佐藤 勇人(Yuto SATO) | |||||||||||||||||||||||||||||
| フルネーム | 佐藤 勇人(サトウ ユウト) | ||||||||||||||||||||||||||||
| 国籍 | 日本 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 出身地 | 埼玉県春日部市 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1982・3・12 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 170cm | ||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 67kg | ||||||||||||||||||||||||||||
| 利き足 | 右 | ||||||||||||||||||||||||||||
| ポジション | MF(DMF) | ||||||||||||||||||||||||||||
| FK PK | FK | ||||||||||||||||||||||||||||
| キャプテン経験 | クラブ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 代表デビュー | 2006・8・13 イエメン戦 |
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| 代表背番号 | 57 | ||||||||||||||||||||||||||||
| W杯メンバー | |||||||||||||||||||||||||||||
| ニックネーム | ユウト | ||||||||||||||||||||||||||||
| 個人タイトル | |||||||||||||||||||||||||||||
| チームタイトル | 05,06ナビスコカップ | ||||||||||||||||||||||||||||
| 所属クラブおよび背番号 | 出場 | 得点 | |||||||||||||||||||||||||||
| 00 ジェフ千葉 29 | 1 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 01 ジェフ千葉 26 | 0 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 02 ジェフ千葉 14 | 13 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 03 ジェフ千葉 14 | 28 | 4 | |||||||||||||||||||||||||||
| 04 ジェフ千葉 7 | 29 | 7 | |||||||||||||||||||||||||||
| 05 ジェフ千葉 7 | 34 | 8 | |||||||||||||||||||||||||||
| 06 ジェフ千葉 7 | 26 | 4 | |||||||||||||||||||||||||||
| 07 ジェフ千葉 7 | 27 | 3 | |||||||||||||||||||||||||||
| 08 京都サンガ 14 | 34 | 3 | |||||||||||||||||||||||||||
| 09 京都サンガ 7 | 28 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 10 ジェフ千葉(J2) 7 | 36 | 5 | |||||||||||||||||||||||||||
| 11 ジェフ千葉(J2) 7 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 90分間尽きないスタミナでピッチを駆け回るボランチです。小柄ながら激しいボディコンタクトもいとわず攻撃の局面では最前線まで攻めあがり、積極的にゴールを狙うプレーも見せます。 埼玉県春日部市生まれ。小学1年の時、大増サンライズFCというクラブに入りました。既に寿人がプレーしており、それに触発され自身もサッカーを始めました。当時はトップ下でプレーし、練習に明け暮れているうちに技術が向上していきました。 小学6年の時、市原(現千葉)のジュニアユースに入るため一家そろって千葉県八千代市に引っ越します。サッカーに熱心な父親は、以前千葉のジュニアユースを見学した後兄弟の才能が伸びると確信し、春日部で営んでいたラーメン店を畳む決心をしたのです。 弟は入団を決めますが自身は2度のセレクションに不合格となりました。しかしその後途中入団し、順調にユースに昇格しました。高校2年、3年でサッカーから離れた時期がありましたが、それを改め、猛烈なトレーニングを自らに課して遅れを取り戻しました。そして国体の千葉選抜チームに入り、トゥーリオ(現闘莉王)とボランチでコンビを組んで優勝に貢献しました。 00シーズンにトップチームへ昇格し、4月22日鹿島戦でJリーグ初出場。その後しばらく出場機会がありませんでしたが、03シーズンのオシム監督就任を機に主力に定着、4月19日アウェーG大阪戦でJ初ゴールを挙げました。その後阿部、羽生、坂本、山岸智らと共に千葉の上位躍進に貢献。リーグタイトルはありませんでしたが、ナビスコ杯2連覇を果たしました。 08シーズンに長年在籍した千葉を離れ、昇格した京都へ移籍。新加入ながらキャプテンを託され、プレースキッカーも務めるなど瞬く間にチームになくてはならない存在となります。しかし古巣千葉のJ2降格により電撃復帰を果たします。かつての僚友で同時にチームに復帰した村井や茶野らと共に、1年でのJ1復帰を実現させるべく全試合フルタイム出場を果たしましたが、4位とあと一歩でその目標は達成できませんでした。 2006年8月16日イエメン戦で後半に途中出場してフル代表デビュー。その後寿人もピッチに入り、日本サッカー史上初めて、双子の代表同時出場が実現しています。 代表記録 余談 ・広島などで活躍している佐藤寿人は二卵性双生児の弟です。 2007年4月5日:新規アップ 2011年3月6日更新 |
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