| ダリウス・ヴァッセル(Darius VASSELL) | |||||||||||||||||||||||||||||
| フルネーム | ダリウス・マルティン・クラーク・ヴァッセル | ||||||||||||||||||||||||||||
| 国籍 | イングランド | ![]() |
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| 出身地 | バーミンガム | ||||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1980・6・13 | ||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 170cm | ||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 63kg | ||||||||||||||||||||||||||||
| 利き足 | 右 | ||||||||||||||||||||||||||||
| ポジション | FW(ST) | ||||||||||||||||||||||||||||
| FK PK | |||||||||||||||||||||||||||||
| キャプテン経験 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 代表デビュー | 2002・2・13 オランダ戦 |
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| 代表背番号 | 20 23 | ||||||||||||||||||||||||||||
| W杯メンバー | 02年 | ||||||||||||||||||||||||||||
| ニックネーム | |||||||||||||||||||||||||||||
| 個人タイトル | |||||||||||||||||||||||||||||
| チームタイトル | |||||||||||||||||||||||||||||
| 所属クラブおよび背番号 | 出場 | 得点 | |||||||||||||||||||||||||||
| 97/98 アストン・ヴィラ | 0 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 98/99 アストン・ヴィラ 22 | 6 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 99/00 アストン・ヴィラ 22 | 11 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 00/01 アストン・ヴィラ 22 | 23 | 4 | |||||||||||||||||||||||||||
| 01/02 アストン・ヴィラ 22 | 36 | 12 | |||||||||||||||||||||||||||
| 02/03 アストン・ヴィラ 10 | 33 | 8 | |||||||||||||||||||||||||||
| 03/04 アストン・ヴィラ 10 | 32 | 9 | |||||||||||||||||||||||||||
| 04/05 アストン・ヴィラ 10 | 21 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 05/06 マンチェスター・シティ 11 | 36 | 8 | |||||||||||||||||||||||||||
| 06/07 マンチェスター・シティ 11 | 32 | 3 | |||||||||||||||||||||||||||
| 07/08 マンチェスター・シティ 12 | 27 | 6 | |||||||||||||||||||||||||||
| 08/09 マンチェスター・シティ 12 | 8 | 0 | |||||||||||||||||||||||||||
| 09/10 アンカラギュチュ(トルコ) 13 | 22 | 4 | |||||||||||||||||||||||||||
| 10/11 レスター(2部) 37 | 31 | 4 | |||||||||||||||||||||||||||
| 11/12 レスター(2部) 13 | 13 | 2 | |||||||||||||||||||||||||||
| 14/15 | |||||||||||||||||||||||||||||
| スピードあるドリブル、テクニック、ゴールセンスに優れたST。代表では限られた時間で結果を残すスーパーサブとして知られています。フォーメーションによりWGとしてもプレーします。 1996年に練習生としてアストン・ヴィラに加入し、ユースチームでクラブ記録となる通算39ゴールを記録、翌1998年にトップに昇格し8月23日ミドルスブラ戦でプレミアデビューします。 徐々に出場機会を増やし、01/02シーズンは12ゴールを挙げます。アンヘル、クラウチ、アルベックらとのポジション争いは熾烈でしたが、03/04シーズンは2度の1試合2ゴールなど出場機会を確保しました。しかし2004年10月23日フルハム戦で負傷し戦線を離れました。 05/06シーズンにマンチェスター・Cに移籍すると、アンディ・コールと2トップを組んで再びレギュラーとしてプレー。本拠アストン・ヴィラ戦で2ゴール1アシスト、本拠のマンチェスターダービーで1ゴール1アシストなど積極的なチャンスメークも目立ちました。 3年目もアウェーのマンチェスター・ダービーでゴールを挙げ勝利に貢献します。しかし08/09シーズン開幕直前にヒザを負傷して長期の戦線離脱となりました。復帰後はロビーニョやベラミなど多くのアタッカーの前に出番に恵まれませんでした。 これによりアンカラギュチュへ移り、2009年8月22日ブルサスポル戦でトルコリーグデビュー。2試合目で初ゴール、フェネルバフチェからもゴールを奪いますが1年で退団します。 その後母国2部レスターに入ります。日本代表MF阿部らと共にプレミア昇格を目指すも叶わず、2年目もじん帯を痛めて長期間ピッチを離れ、終了後に退団しています。 各年代を経て2002年2月13日オランダ戦で代表デビューすると、ボレーシュートで同点ゴールを挙げて鮮烈な印象を残します。同年のW杯でも3試合出場しました。 2004年欧州選手権も全試合出場、準々決勝ポルトガル戦でPKを失敗しました。 代表記録 2007年8月9日:新規アップ 2014年8月17日更新 |
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